4月7日

雨がやんで、桜が満開であるが、午前、陽はまだ差さない。


自治会の総会があった。5年ぶりの、通常総会である。と言っても、実際の出席数は
1/5、委任状が3/5。二三年度の会長が、就任後すぐに体調を崩し、3ヶ月で交代するという波乱の幕開けだったが、皆さん頑張って1年を終えた。


議事運営に関しては、慣れないせいもあるだろうが、言いたい人は議事に関係なく勝手なことを言い出す。20年も前から実施しているのに、今頃銀行カードを作って出し入れするのは問題があり反対、等と言い出す始末。
高齢化問題も深刻で、役員になり手がいない、なっても運営や行動が出来ないなど、問題は山積みだが、それでも、繰越金が毎年多いので、会費を減額する案が、強く反対する人がいる中承認され、正午過ぎには無事終了した。


おもてなし交流プログラム二日目、間に合わないと思いつつ元内田小学校へ向かったが、
パソコンを使ったプレゼンは、終えており、寺社を巡る参加者が、やはり少なく、出発が遅れていて、なんとか間に合った。六日と同じ3人にスタッフ二人である。
おなかの大きい奥さんを連れたご夫婦と、山川さんとおっしゃる、元アナウンサーの方であった。

青空は見えたが、富士山はちょっと無理であった。

寺宝、文字曼荼羅(1492年)を書いた日台上人像。


諏訪神社内、豪栄道の手形も見える。

力自慢が持ち上げていたという力石。100kgはあると思われる。


身重の奥さんは、諏訪神社も、長栄寺のこの階段も上った。途中に子安観音がある。

右ろうそくの裏に見えるのが、身代わり観音像。


今日も、御住職しか入れない席で、11面観音を拝ませていただく。



本殿寺も、長栄寺も丁寧に住職が対応してくれ、通常では目に出来ないものを観たり説明を受けたりで、参加者は感慨もひとしおだったに違いない。諏訪神社では、氏子でもある星野さんが対応、また、内田未来学校では、いないはずのイドクボンガの石橋さんに抹茶を点てていただいき、昨日と同じあんころ餅もごちそうになった。
石橋さんは、活動拠点であるイドクボンガで、万全の支度で待っていたが、来客が全くなく、未来学校へ来たとのことであった。


長栄寺の正式御開帳は、再来年、午の年の10月で、御朱印も発行するとのこと。是非飾り付けた御開帳も観てほしいとのことであった。ご夫婦は安産を祈念しつつ、皆満足げに感謝を口にして17時まで目一杯で解散した。


「巣」に上ってご満悦の作家さん。昨日雨の中池の中で制作していたのは、男性の作家。

制作は、まだまだ続くらしい。



元内田小学校のおもてなし交流プログラムも、内容が豊富で、全部を見るには、数回足を運ぶ必要があり、他会場も見て回りたい人にとっては、10時~17時では、時間が全く足りない。会場を回るシャトルバスも、本数派が少ないので、車でないと大変である。まあ、5月末までやっているので、何度でも足を運んでいただきたい。