3代目 春日井梅鶯 襲名披露口演

余程の変わり者か後期高齢者で無ければ知るよしも無いような世界の話である。
最早テレビやラジオではほぼ聴くことが無くなった浪花節、浪曲の世界、若人は聞いたことさへ無いかも知れ無い。私は祖母が良くラジオを聞いていた関係で、小さい頃は、色々な浪曲師の口演を聴いていたが、本傳寺での口演を聞くまで長いこと聴くことが無かった。
落語や講談は若手が活躍していて、マスコミに登場するが、浪曲の世界は、良く分からない。


昭和の時代に一世を風靡した浪曲師、春日井梅鶯の 3代目の種名披露公演が
市原市原田の本傳寺で11月23日に開催される。


初代は市原市原田(旧内田村原田)の生まれで、Wikipediaなどには市原市鶴舞生まれとなっているが、間違いである。
本名の安藤家の墓所は、本傳寺からほど近い田んぼの中にある。
初代は生後まもなく鶴舞に引っ越しているのでそういうことになっているのかも。
私が幼少期、安藤家の葬儀があり、鶴舞から石川の坂、現在の大蔵団地を経て木ノ根坂から原田の墓所に長い弔いの行列が続いていたのを記憶している。


そんなわけで、あるときから本傳寺で梅鶯の公演が開かれているのだが、
私がその公演を見に行ったときには、2代目(長女)は90才で、矍鑠として初代の思い出話などを話されていた。浪曲を口演することは無かったが大層お元気だった。その時は唯一の弟子である梅光が、口演したのであった。彼も、私と同年でもう後期高齢者である。


その彼が、2代目亡き後、梅鶯を襲名したのであった。
主催の代表者、塚原茂氏は、2代目亡き後、遺品を引き継ぎ、資料室に展示してある。


今も愛好家はおられる。Youtubeで聴くことが出来る。

浪曲 春日井梅鶯(初代) 「赤城の子守唄」



春日井梅鴬(かすがいばいおう)二代目  流れる雲  曲師・沢村豊子

春日井梅光 権太栗毛(ごんたくりげ)  曲師・佐藤貴美江